古典の世界は美しい。
いつもそう思います。
日本の奥ゆかしさを感じさせる魅力的な人物。
古の言葉で綴られるからこそ美しい幽玄の世界。
その古典世界の中でもひと際輝きを放つのが六歌仙の一人、在原業平(ありわらのなりひら)。
男性貴族の理想像として描かれ、美しい和歌を多く残すも、不遇な人物として書かれました。
今回は彼が主役の歌物語・『伊勢物語』を手に取って、この作品の魅力に迫りたいと思います。
『伊勢物語』は歌物語
『伊勢物語』は歌物語、つまり和歌を含んだ短い小話をたくさん繋げて作ってある作品です。
125個の文章からできており、登場する和歌は210首。
一つ一つの話が短いので作品全体でもそう長くはなく、短い作品の中に多くの和歌がギュっと詰まっています。
知名度も古典文学史上の影響も内容の面白さも日本最高峰レベルであることは間違いないので、日本人なら読んでおいて損はありません。
あらすじ
『伊勢物語』は、在原業平の生涯を物語風に書いたものです。
冒頭では元服(当時の成人式)後の様子が描かれます。
次に二条后との悲恋や東下りなどを、そして終盤には老人いなった在原業平の様子が描かれています。
伊勢物語の与えた影響
伊勢物語は現存する最古の歌物語です。
そのため、伊勢物語が後世に与えた影響も果てしない。
『大和物語』や『平中物語』、さらには『源氏物語』にも濃い影響を与えています。
また、能の代表作『井筒』『隅田川』の題材ともなっています。
さらに、直接題材にはなっていなくとも、伊勢物語に含まれる優れた歌を引用して他の作品に出てくることも珍しくありません。
源氏物語に与えた影響
源氏物語は古典作品の総本山ともいえる作品。
日本古典文学の最高傑作と言っても過言ではありません。
作者・紫式部の高い教養が随所に見て取れ、主人公・光源氏の名は日本人なら知らない人はいないでしょう。
物語の内容も素晴らしく、現代でも愛読する人は少なくありません。
そんな『源氏物語』のモデルとなったのが、『伊勢物語』。
主人公の特徴や物語の構成などにかなり多くの共通項が見られます。
もう一つの共通点が両作品の基本的な構図。
それは、高貴な生まれのモテモテでカリスマな主人公が、複雑な事情で貴族としての生活を送れず、数々の女性との恋を謳歌しながら徐々に政界に復帰するというもの。
これは両作品の骨組みで、共通点としては偶然とは言い難いものであることがわかると思います。
つまり、『源氏物語』は完全に『伊勢物語』をモデルにしているのです。
『源氏物語』にここまで濃い影響を与えていたことは、あまり知られていません。
主人公・在原業平の魅力
在原業平の人物像については上記で軽く取り上げました。
ここでは、もっと深い次元でその魅力を解説します。
代表的な和歌
伊勢物語は歌物語。
ならば、その魅力は実際に和歌に触れて感じてみるべきです。
伊勢物語の主人公で六歌仙のひとり、在原業平の詠んだ歌を見てみましょう。
適当に流し読みするのではなく、実際に声に出してみてください。
頭にスッと入ってくるはずです。
「ちはやふる かみよも聞かず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」
『小倉百人一首』にも選出された名歌。
現代語訳)「神々の時代でも聞いたことがない 竜田川がもみじ色に水を染めている美しさなんて・・・。」
もみじが川に落ちているシーンを、「川が水を紅色に染めた」と表現しています。
そしてその美しさを、神々の時代、つまり日本書紀に描かれた八百万の神の時代にも見られなかった美しさだというわけです。
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」
現代語訳)この世に桜さえなかったならば、春をのどかな心で過ごせただろうに
春に咲き誇る桜の美しさに対する、これ以上ない賛辞です。
「忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏み分けて 君をみむとは」
現代語訳)現実を忘れて夢のようだ 積もった雪を踏み分けてまさか君に会うとは
忘れた、と言ってはいますが心の底では忘れられない女性に会った感動を表現した恋歌です。
「月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身一つは元の身にして」
現代語訳)月はあの日の月じゃないのか、春はあの年の春じゃないのか。ただ私だけが元のままで、世界は変わってしまったのではないだろうか。
在原業平の激しい動揺が伝わってきます。