文学好きな一面を持つ伊崎による文学作品紹介シリーズ。
今回は平安時代の物語、『うつほ物語』です。ストーリーや描写も面白く、また文学史的にも価値のある作品です。
とはいえ古典の代表作、『伊勢物語』や『日本書記』、『徒然草』等と比べると若干マイナーであり、本を実際に手に入れるのはなかなか難しいでしょう。
読んでみたいと思われた方は岩波文庫から出版されているので大きな本屋で探してみるか、近くに大学などがあれば(部外者立ち入りが可能であれば)図書館に寄ってるのも良いでしょう。
さて、今回の『うつほ物語』、詳しく見ていきましょう!!
『うつほ物語』の基本情報
ジャンル:物語
成立年代:平安時代中期(980年代頃)
作者 :源順(?)
内容
うつほ物語は長編物語であり、全20巻で構成されます。
※平安時代の作品なのでタイトルや並びはいくつか説がありますが、今回ご紹介するものは最も有力とされているものです。
1、俊陰(としかげ)
2、忠こそ(ただこそ)
3、藤原の君(ふじはらのきみ)
4、嵯峨の院(さがのいん)
5、梅の花笠(むめのはながさ)
6、吹上(ふきあげ) 上
7、吹上 下
8、祭りの使い(まつりのつかい)
9、菊の宴(きくのえん)
10、あて宮(あてみや)
11、初秋(はつあき)
12、田鶴の群鳥(たづのむらどり)
13、蔵開き(くらびらき) 上
14、蔵開き 中
15、蔵開き 下
16、国譲り(くにゆずり) 上
17、国譲り 中
18、国譲り 下
19、楼上(ろうのうえ) 上
20、楼上 下
あらすじ
主人公は清原俊陰(きよはらのとしかげ)で、役職は遣唐使。
遣唐使の役目のため唐へと出航するものの、海上で船が難破し目的地の唐ではなくペルシアへと流れ着きます。
そこで伝説の天人・仙人から「秘琴の技」を教わり、漂流から23年の時を経て日本へ帰国することに。
間もなく俊陰は官職を辞し、愛娘に琴を託して息を引き取ります。
父を亡くした娘は貧窮し、大木の空洞(うつほ)で暮らしながら息子である仲忠に琴の秘術を教えます。
その後ほどなく、仲忠は別居していた父、藤原兼雅に引き取られる。
運命に翻弄され、苦労する忠仲ですが、母から教わった琴の技術により、仲忠は琴の名手として名を上げていきます。
ある日忠仲は恋に落ちます。
恋の相手は美人と名高い「あて宮」。
琴の天才の恋路を阻むのは、同じく当時琴の名手と名高い「涼」。
平安時代の男の価値は、やっぱり音楽で決まるもの。
あて宮との結婚をめぐり、忠仲と涼は琴引きの名勝負を繰り広げることに。
結局後から入ってきた春宮に取られてしまい、あて宮は「藤壺」として入内してしまいます。
仲忠はその後一宮と結婚し、犬宮という娘を授かります。
仲忠の母(俊陰娘)は犬宮にも琴を教え、犬宮は上皇・嵯峨院、朱雀院の前で琴を披露し、物語は幕を閉じる。
名場面
上記のあらすじで何度も触れた「秘琴の技」こそ、この作品の見どころ!
単に演奏がうまい、音色が美しいというレベルをはるかに超えてます。
音楽の天才の一生を文学として成り立たせている以上、その魅力は想像を絶します。
誤解を恐れずに言えば、この物語は「平安最強のファンタジー」という感じ。
ハハリーポッターが杖で守護霊を呼び出すがごとく、仲忠は秘琴で天女を召喚する。
氷も出しちゃう、雷も撃っちゃう、とやりたい放題。
琴の天才が惚れた女性をめぐってライバルと名勝負を繰り広げるという、王道にして最強の展開は胸を熱くさせてくれますし、その琴の技術は女手一つで木の洞穴で育ててくれた母から教わったもの。
全国の母親が感動すること間違いなしです。
それだけでなく、忠仲はある宿命を背負って生まれてきたのでした。
何を隠そう、彼は祖父・俊陰がペルシャで聞いた天命の中の、「予言の子」だったのです。
文学史的意義に迫る
たった3作品しかない「源氏物語以前の創作物語」の1つ
古典文学の世界では、物語作品は大きく「源氏物語より前か後か」という区分けで分類される。
この『うつほ物語』は源氏物語より前の、一般に「前期物語」と呼ばれるものに分類される。
前期物語のうち、創作話として現在伝えられるものは「竹取物語」「うつほ物語」「落窪物語」の3つ。
「うつほ物語」は、それほど重要な作品なんです。
「竹取物語」から「落窪物語」へと続く文学史的女性像
本作のヒロインとも言えるあて宮。
物語内では、忠仲が琴の勝負を行うきっかけになった女性。
最終的には他の男性と結婚してしまい、そのまま入内してしまうという悲しい結果に。
それでも彼女が多くの男性に求婚されるさまはかぐや姫を想像させる。
(かぐや姫は多くの男性から求婚され、あしらうために実在しない宝を持ってくることを結婚の条件に提示します。それほどモテるってことですね)
あて宮は、竹取物語の影響を受け、落窪物語に影響を与えたといわれています。
つまり本作品内であて宮は「かぐや姫という月から来た人間離れした女性の美しさ」と「姑にいじめられ、それでも力強く生き抜く落窪の世俗的な女性の美しさ」を繋げる役割を果たしていたのではないでしょうか。
※これはあくまで伊崎の解釈です。伊崎は別に古典の専門家でもなんでもない(むしろ10代、経済学部)ので、ゆる~く見て下さい。
光源氏のモデル?主人公「忠仲」
琴の名手・仲忠の存在は、歌の天才・光源氏のモデルになったと言われています。
琴の名手「忠仲」に対し、和歌の天才「光源氏」。
そして、2人の天才は辛く寂しい幼少期を送るという共通点を持っています。
紫式部の「源氏物語」と言えば、「世界文学100選」にも選出され、日本人であればその名を知らぬ人はいないというほど有名です。
文学作品としても一つの小説としても日本最高の物語の1つでしょう。
そう考えてみれば、光源氏のモデルになることの偉大さに感服せずにはいられませんね...。
最後に、このコンテンツの作者から
この作品は、内容の面白さと文学的な意義の割に、知名度も低く、読んでいる人も多くはありません。
正直言ってもったいないと感じています。
音楽に愛された忠仲の、迫力満点の演奏バトル。
愛した女性を巡って琴を奏でるその王道のストーリー。
面白みしかないですね。
しかし、作品全体がとても長いこと、本が入手し辛いこと、そして古典作品なので文体が難しいことが、この作品を読みにくくしています。
もしこの作品の良さが世間に知られてしまったら、漫画や2次創作がたくさん作られるでしょう。
学生時代古典が苦手だった方には残念ながらその時代を待って楽しんでほしいし、できることなら、このコンテンツを見に来てくださった皆様にはぜひ原文で読んでみていただきたいと思います。
たぶん、そっちのほうが面白いです。(保障はしませんが。)
内容の面白さ、文学史的重要性、両方ともに一流のこの作品を読んでみてはいかがだろうか。